はじめて参加した博多祇園山笠

左脚を怪我して歩けなくなったのが5月13日。
歩くだけならできるようになって北欧へ旅立ったのが5月20日。
もどってきてから6週間で出張8回、迎えた博多祇園山笠

もう痛みは完全になくなった。けれどもまだ違和感がある。


だから少し走り込んで準備しようとしていたんだけど、土日も仕事が入るという状況で、時間が無さすぎて準備不足。しかも全力で走るのは、まだ無理。
不安だらけのはじまりだった。

お汐井取りの日は、力が入りきらない左脚をだましながら走った。
石堂橋から筥崎宮の浜まで3キロ。暑いし、結構きつかった。
筥崎宮へのお参りをすませたら、再び石堂橋まで走る。
そして櫛田神社まで走りお参り。そして綱場の天満宮まで走りもどる。

全体像を把握しきれてないから、とにかくみんなについて行くだけ。

初めての流舁き。山が動く最初の日。仰せつかったのは、水当番という、山についている人たちを冷やすために、とにかく走り回らないと駄目な役目。頑張ってはいたんだけど、両足のバランスがバラバラで、もがきながら走り、めちゃくちゃ苦しかった。

体力を全部使い切ったというのでもなく、全力で動こうとすると足が言うことをきかず、エンジンの力が伝わらないという感じ。

そこから毎日、走る走る。
そんな中、初心者でも山につかせてもらえる機会が何回かあり、続けて何度かついていくうちに、体のバラバラ感がとまらず山を舁きながらヘロヘロに。そしたら赤手拭いの先輩がやってきて、「になえー」と大声で気合いを入れてくれた。もう限界だったけど、なぜかもう一度力がわき出てきた。足は相変わらず言うことをきかずヨタヨタだったけど、なんか燃えた。なんだろう、大声で鼓舞されて嬉しいというか、なんかスッキリした。

毎日やっていたら、だんだん体も慣れてきて、ついに迎えた最終日、追い山。
慣れてきたとは言っても、まだバランスが悪く、言うことのきかない左脚を全身で鼓舞して、ずぶ濡れになりながらも、走りに走った。

最後の直線、廻り止めのアーチが見えてきたときには、胸に迫るものが。
あー、これで終わった。

恵比須流のエネルギーと、綱場町の絆が、半端な自分を引っ張ってくれた。だから、こうやって最後までついて来ることができた。そう思うと、なんか、じわーっと涙が出そうになった。

やった。

と、思ったら、別に山は止まらず、そのまま再び山小屋までの1キロ近い道のりを駆け抜ける。

これが山笠なんだな。最後の最後で、もう一度教えられた。

全力を出し切った後でも、まだまだ力を振り絞る。
山が動いている間は、とにかく全力を出し切る。

そして山を据えて、手を入れたら、疲れたとか、苦しかったとか。
よかったとか、わるかったとか。もちろん、あいつがどうとか。
そういうことも一切言わない。

ほんとに、いい祭りだ。
そして生粋の博多っ子は、男らしくてかっこいい。

福岡に移住して9年目。

これが俺の住む街だ。
胸を張ってそう言える、何かが一つ入った気がする。

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