2017年6月7日水曜日

東京的なこと。福岡的なこと。

昨日書いた「東京に縛られるな。福岡移住のすすめ。」が、案外反響が大きい。でも、ちょっとだけ理解してほしいのは、東京的な発想と、福岡的・九州的発想は、根本的に違うってことなんだ。

東京って、ほんとに刺激的な街だ。センスの良い美術館はあるし、新しいコンセプトのお店はあるし、ビジネスはドンドン加速できる。人情にあふれた下町もあれば、ツンツンそっけないけど、本当は笑顔が素敵な極めて人間的な店員がいたりもする。

そんな、ぼくも大好きな街なんだけど、残念ながら色んなことが過剰すぎる傾向がある。

通勤も過剰に混みすぎだし、広告やらヘッドハンターからの電話やらも過剰。ビジネスコンテスト的なものもあふれるほどあるし、投資家とスタートアップ企業とメディアのマッチポンプも過剰だ。

だから休みの日くらいは、海に行きたいし、山に登りたい。でも、海に行ったり、山に登ったりすると、そこにはまた様々な情報にあふれていて、道具をどうしようかとか、テクニックがどうとか。

まぁ、でも思い切って海にあるサーフショップや、カイトショップの門をたたき、ショップオーナーや、集まってくる人たちと海に入ると、全く世界は変わるんだけどね。(あー、そういう場所は、そもそも東京じゃなかった)

そんな生活に日々慣らされていると、生活が仕事に飲み込まれているような感覚になってしまう。でもそんなんじゃ、あまりにも辛くなる。"人生は仕事だ"と割り切りたくもない。恋もしたいだろうし、家族の未来も育みたい。

だからみんな、自分にとってワークとライフの程よいバランスってどんな感じなんだろうとか考えてしまう。考えるというか、もがくというか。バランスするために頑張らないと、バランスしない。そんな気分になったりする。

で、福岡に住むようになって、福岡の人たちは、ワークライフバランスなんて考えていないことに気がついたんだな。



だって、仕事は人生の一部でしかないんだから。ライフの中にワークはあるけど、バランスするものじゃない。もっともっと大切なことはいっぱいあるし。ライフのためにワークは捨ててもいい。そういうことなんだ。

で、そのライフの中に、ワークと同じく、家族や、友達や、大好きな人のこと。住んでいる街のこと。行きつけのお店や、よく行く海や、その風景。お祭りや、かき小屋や、放生会の夜店とか。

そういう愛すべきさまざまなものが、ぎゅーっと濃縮されている。

福岡から東京に来ると、ワークライフバランスを考えながら生きなくちゃと思う気持ちはわかる。でも、それは過剰な様々なことに目を奪われているだけだからだと思う。

同時に、東京から福岡に行くと、やっぱりライフだよな。というのはわかるけど、自分の全能力を全開にして、辛いことから逃げず、権力に迎合せずやってるのか。とも思う。

だから、権威にすがるでもなく、自分の力でさまざまなことを打開することができ、福岡も東京も関係なく生きていける人にとって、福岡っていいところだと思うし、そういう価値観の都市に身を置き、都市の枠を超えて活動するってのは、すごい快適なんだぜ。

ワークはやり直し効くけど、人生は一回きりだからな。

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