2016年3月28日月曜日

世界のなかにいるということ

先日、世界中のGoogleパートナーが集まるイベントに参加した。そこで2015年クラウド関連で最もめざましい活躍をした企業を表彰するところがあり、なんとウチの会社「Groovenauts」がファイナリストに選ばれました。

一番右下にGroovenautsのロゴが!

最優秀に選ばれたのは、テルアビブに本社がある会社。テルアビブ、つまり現地流に言うとエルサレム。イスラエルの首都。嘆きの壁があって、ゴルゴダの丘があって、幾つかの宗教の聖地。

調べてみたら、イスラエルの人口は約800万人。福岡県の人口が500万人で、神奈川県が900万人。だから、その中間くらいの規模。

Googleという会社と仕事をしていると、製品だとかサービスの機能や性能といったもの以上に、彼らの考え方とか、仕事に対する取り組み方とか、そういう文化的なものにとても刺激を受ける。

特に最近感じるのは、「世界は一つ」という意識。たまたまぼくらは日本という国の、福岡という土地に本社を構えているけれど、それはGoogleにとっては何の意味もないことであり、それよりもやっている内容、仕事の実績。そういうことの方が、ずっと価値があると考えているのだろう。


国の違いや、人種の違い。宗教や、食い物や、いろんな違い。違いなんていろいろある。でも、嬉しいこと、悲しいこと。愛情とか、悩みとか、苦しみとか。人間である以上共通することは、違いなんかよりもっともっとあるはずだ。だから、全人類に共通の課題とか、喜びとか、そういうことにもっと目を向けて、解決していくことの方が、ずっと大きなビジネスにつながるはず。なんか、そういう風に考えていると思うんだよな。

他の企業だったら、アメリカ本社と日本法人というのがあり、日本は日本で社長がいて、その下で日本独自のオペレーションをしていたりする。

「日本は、他の国とは違うんだよ。」というのであれば、そういう制度は仕方ないのかもしれない。しかしそれは、「東京は、他の都市とは違うんだよ。」とか、「九州は、他とは違うんだよ。」とか。そういうことにもつながるわけだ。

地域性を否定するわけじゃないけど、だからと言って発想を地域の中に閉じ込める必要はない。日本でやっているから、日本だけを見ればいいわけでもなく、日本の問題だけを考えればいいわけではない。同じように、福岡でやっているから、福岡だけを見ればいいわけでもなく、九州の問題だけを考えればいいわけではない。世界は、驚くほど近く、驚くほどつながっていて、驚くほど均質化しつつある。

だからこそ。世界中に拠点があるわけじゃなくたって。世界中の人と取引をしているわけじゃなくたって。ここが世界なんだと意識して、誰にも負けないように知恵も努力も惜しんじゃいけないんだ。

ぼくらはみんな、世界のなかにいて、世界中の人たちとつながっていて、世界中の人たちと刺激しあい、競い合っている。そうなんだよなと、アメリカに行って感じた。つくづくね。

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